2006年04月03日

先輩に聴いてみる

2006年4月3日(月) 先輩に聴いてみる

今日は晴れていて気温も暖かかったのに、傷の痛みは強い。散歩に出ようとしたが凄い強風ですぐに帰ってきた。 午後は入浴して痛みが少し和らいだが、お昼に摂った葛湯が甘すぎて、またまたひどい下痢を起こし、体調は最悪。 あんまり苦しくて、同じ食道癌の手術を受けた私より3週間先輩の昌子さんに電話をして様子を聴いてみた。 やはり退院してから初回の検診までは死ぬんじゃないかと思うくらい苦しかったそうだ。検診日の2日後には水も唾液も喉を通らなくなってしまい、緊急再入院したのだ。でも今では食事も摂れる様になって傷の痛みも薬を使わなくて平気な位まで良くなっていると言う。 私もあと3週間もすればもっと楽になれるかもしれない。希望が持てて安心した。


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2006年04月02日

心は曇りのち晴れ

2006年4月2日(水) 心は曇りのち晴れ

今日は曇り時々雨で天気が悪かったせいもあって、手術創の痛みが著しく、散歩も思うように出来なかった。 お腹も下痢していて、何か食べるとすぐにトイレに行く始末。日によって体調が全然違う。 
こういうときは入浴が良い。43℃位の少し熱めの湯に浸かると、筋肉が弛緩して痛みが和らぐ。猫背になってしまった背中も伸ばすことができる。 
午後、兵庫県のみどりちゃんが桜の花を持って見舞いに来てくれた。わざわざここまで来てくれたのに気を使ってすぐに帰ってしまったけれど、会えてすごく嬉しかった。曇り空の気持ちがすっかり晴れて、元気になれた。毎日入れ替わり救世主が現れては私を救ってくれる様だ。本当にありがたい。
これまでの何を振り返っても感謝の気持ちで心が熱くなる。
どうもありがとう。

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2006年04月01日

新しいスタートの日

2006年4月1日(火)  新しいスタートの日

昨日は退院してから妹の家に着くまでがひどい交通渋滞で、長時間に渡る車の移動の為かなり
消耗してしまった。 帰ってホッとしたのか、帰宅後の諸処への連絡を終えてからすぐに休んだ。
ぐっすり眠れたお陰で今日はとても調子が良かった。

外は桜が満開でとても暖かく、少しだけマンションのすぐ裏の桜咲く浅川のほとりを散歩した。 でも
ここは病院の中庭とは違う。周りの人々は誰も私が食道癌で大手術をした後のフラフラした状態だなんて事情を知らない訳だから、あまりにもゆっくりとした足取りの猫背で不格好に歩いては、時々足を止めてハアハア息切れしている私を、変に思わないだろうか? 妙に気弱になっている私を元気にしてくれたのは甥っ子のトッ君だった。 トッ君の野球の練習を見に行く約束をしたので、何とか小学校の校庭までやっとの思いで歩いて行くと、ボーッと立って見ている私を、トッ君はすぐに察知して嬉しそうに急に元気よく動き出した。
「バッチこ〜い!」   ノックの練習でトッ君は誰よりも元気に大きなかけ声、ボールを素早く捉え、バッターボックスへ投げ返す姿! 初めて見た! 超格好いい! 
私は思わず興奮して「ナイスキャッチ! とっ君いいぞー!」 周りを省みず、信じられないくらい大きな声で叫んでしまった! 
すっかり気力を取り戻して、食事も昨日よりは多く摂れた。 またまたトッ君に助けられた。 お陰で
快調なスタートをきることが出来た。
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2006年03月31日

退院の日

2006年3月31日(月) 退院の日
今日は姉の代わりに私(妹)が書きます。
姉はかなり、消耗していて、食事もとれず、痛みが強い状態で調子が悪いため、
早めに休みました。
明日から食事のリハビリが始まります。
一日も早く体力が回復し食事がとれるように
みなさんも祈っていて下さいね。

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2006年03月30日

手術後17日目

2006年3月30日(木) 手術後17日目
昨日の大失敗と救世主

昨日は退院前に備えた家族同伴の食事指導があった。
食事指導の前に家族と昼食を9Fの天望レストランで摂った。
私は家族が持ってきてくれたそうめんを持ち込んで食べた。
久々の家族との食事でつい昔の自分の感覚になってしまって、
そうめんが胸につかえて、動悸、息切れ、冷汗がはじまり、体が固まってしまった。
その日は夕方まで苦しんで、最後に吐いてやっと楽になった。
食事の指導では
1口というのは、スプーンではなく、耳かき1杯位に考えて下さいと言われ、
麺類は以外と消化が悪いので、やめる様、指示された。
耳かき1杯が1口!!そんな少量では常に食べてなければ、
1日に必要なカロリー水分が摂れないのではないか?
すっかり食事のことで気持ちがへこんでしまった。
重い足どりで部屋に戻ると、廊下にニボQが立っていた。
ニボQ「さっちゃん大分辛どそうですね」・・・
部屋に入いるとニボQは、
いきなりグラサン・マスク・変な帽子のあやしい男に変装して見せてくれて
「この格好でさっちゃんを驚かせるつもりだったんですけど・・・部屋に居なくて・・・」
お〜!やっぱりニボQはバカだった。
私はすっかり元気を取り戻して、あやしいニボQの写真を撮ったりして喜こんでいた。
そこへまたまた、いきなり、おきょーが現われた!!超ビックリ!!
おきょーはインタープリター養成講座で一緒に研修を受けた仲間の1人だ。
四万十川にも来てくれて、お見舞にも来てくれるなんて感激!へこんでいる場合ではない。
昨日はすっかり二人の救世主に助けられた。どうもありがとう。
今日、最後の夜を締めくくる様にイトケンが登場!
昔話から色んな話に花が咲いて元気をたくさんもらった。
いよいよ明日は3週間ぶりに外の空気を思いっきり吸える。
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2006年03月29日

手術後16日目

2006年3月29日(水) 手術後16日目
いよいよ退院!!

本当は今日、退院かもしれなかったが、
少し延びて3/31(金)が正式に退院日と決まった。
手術の傷の痛みはピークが過ぎて、楽になってきた。
まだ痛むが、痛みにも慣れてしまった。
今は食べることが苦しい。食事のリハビリが予想以上に過酷で辛い。
1口の量が少しでも多くなってしまうと動悸、息切れで七転八倒する。
よほど気をつけないと、1口の飲み込みが、
30分〜1時間以上も何も手につかない位苦しくなってしまうので、
食べることが怖くなってしまう。
食べなければ体力もなくなって動けなくなってしまうので、
これからしばらくは、食事のリハビリで、苦労するだろう。
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2006年03月28日

手術後15日目

2006年3月27日(火) 手術後15日目
今日は代理で妹の私が経過報告します。
調子が良かった昨日とかわって今日は調子が悪かった。
昨夜は他部屋からの音や、痛みでほとんど寝ていない様で疲れていた。
じゃがいもとそうめんを少し食べたが、心臓がすぐドキドキしてかがみこんでしまう。
私が帰る時、姉がエレベータまで送ってくれたちょうど8Fから昌子さんと娘さん2人で
姉の様子を見に来てくれた。
姉の退院の日が今週の金曜日に決まった。
本当は明日で退院出来ると言われたが車を出せる父の都合などで金曜日になった。
1Fの診察待合にはたくさんの患者達がいた。みんな治療を待っているのだろう。
そうのんびり入院していられないのもわかる。
でも術後の経過も同じ位心配が残る。
なにせ今までに勝手の違う自分の体と生活する初めての経験だ。
いくら前向きな気持ちでいてもやはり術後経過データのようなものがあったら助かる。
今までに手術した人達の
その後の経過、食事がとりにくい方々、とりやすかった方々の経過別や
1ヶ月2ヶ月・・・1年後など段階別等々。
日常生活に戻せる時間がかかるのは当然のこととした上で、手がかりをつかみたい。
今は手さぐりだから。
でも姉本人は「今」を一生懸命にがんばっていて、こんなことは気にしていないかもしれない。
私だけが知りたがっているかもしれない。
姉はただでは起きあがってこない、オリジナリティあぶれる人だからね。
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2006年03月27日

手術後14日目

2006年3月25日(月) 手術後14日目
昨夜でモルヒネ系の強い痛み止めの坐薬は打ち切られた。
傷の痛みは、まだ大分残っているが、これからは我慢して、いかなければならない。
その代わり、吐き気や胸のムカムカが少し軽減した。
朝はりんごを半分すって裏ごしして飲んだ。吐き気はなかった。
10時近くなると痛み止めが切れて、傷口が痛みだしたので、
気分転換に中庭を散歩した。
ジンチョウゲの花の香りやすみれの花壇の道をゆっくり歩きながら痛みを我慢した。
11時から入浴して、ぬるめの湯から少しずつ温度を上げて、
ゆっくり浸かって痛みを癒した。
午後になると、父と母が来てくれて、私がリクエストした。
じゃがいもの塩ゆでとそうめんを持ってきてくれたので、
そうめんはティーカップに半分、じゃがいもも半分ゆっくり食べた。
今日ははじめて食べたいと感じて美味しく食べることが出来た。

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2006年03月26日

手術後13日目

2006年3月24日(日) 手術後13日目
今朝は4:00に目が覚めて、しばらくすると、
また胸やけと吐き気でどうしょうもなくなり、
薬を飲んだが、吐き気は止まらなかった。
朝食は食べられなくて、午前中はずっと吐き気に悩まされていたが、
お昼過ぎに母が来て、すりおろしりんごとバナナを2口〜3口ずつ食べたら、
少し調子が良くなり、中庭を散歩出来るまでになった。
ジンチョウゲや梅、すみれが咲いて、美しく、良い香りに包まれて気分が良かった。
病棟に帰る途中、息切れがして、長椅子で休んでいると、
母の妹夫婦(クニちゃんと国分さん)が2人そろって来てくれた。
YHの仲間も来てくれた良とはた坊だ。
大阪と名古屋から夜行バスで来て、新幹線で帰るらしい。本当にありがたい。
6Fに上がって、今度は話に花が咲いた。
今日の締めくくりカドちゃんが面会時間ギリギリに来てくれた。
みんなと会えてとっても楽しいひと時だった。
毎日、沢山、元気をもらっている。どうもありがとう。

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2006年03月25日

手術後12日目

2006年3月25日(土) 手術後12日目
今朝は吐き気も少しおさまって昨日より、大分調子が良い。
午後、妹のみっちゃんが来て間もなく、
直ちゃん(私のいとこの能孝ちゃんの奥さん)と息子の開君がひよっこりお見舞に来てくれた。
開君は4月から小学校1年生。
折鶴を沢山袋に詰めて私にくれた。
ずいぶん大きくなって落ち着いた男の子に成長した開君に会えて嬉しかった。
直ちゃんも相変わらず、天然で江戸っ子で腹がよじれる位、私を笑わせてくれた。
その後、かつて、一緒に入院していた食道癌の先輩昌子さんが、
食事が摂れなくて再入院したという知らせがあった。
ついおととい、外科のついでに6Fまで上がってくれて元気だったのに。
食べ物だけでなく、水も飲み込めなくなったという。心配だ。
8Fに再入院ということなので、私も落ち着いたら、会いに行ってみよう。
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2006年03月24日

手術後11日目

2006年3月24日(金) 手術後11日目
昨日、夕方、ひよっこりトシ坊が来てくれた。大阪から高速バスで私を見舞った後、
代々木YHに1泊して帰るという。
トシ坊は1月に私が肋骨の痛みで整形外科へ行ってちょっと前に
ちょうど四万十川YHに泊まってくれていて、心配してくれた。
それから、急転回食道ガンが見つかってからずっと心配してくれていたようだ。
私の声と姿を見て、安心してくれた。
トシ坊は四万十川YHで私の甥っ子のとっくんともよく遊んでくれた。
そんないろいろな話をして、面会時間ぎりぎりまでに居てくれた。
今日3月24日(金)の様子
さっちゃん自身では書けないほど、今日は吐気とだるさがあった。
私ととっくんで見舞ったが、初めうちは話すことも辛そうだった。
余々に治まったり、また気持ち悪くなったり、繰り返していた。
胃がそのまま食道のかわりをしているんだ。
食べ物のにおいをかけば、胃が収縮して生つばが出る。
口に近い所に胃があるのだから、当然かもしれない。
少しずつ慣れて行くしかない。焦らず行くしかないだろう。

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2006年03月23日

手術後10日目

2006年3月23日(木) 手術後10日目
傷の痛みについて

AM3:30痛みが激しくなって目が覚めた。昨夜は少しベットを平らにして寝てみた。
今迄はギャッジアップして、上体を45°位にして、寝ていたが、それより倒して寝た。
退院すれば、ギャッジアップできる様なベットは無い。
普通の平らな布団で寝なければならないから、まっすぐ寝る練習をしておく必要がある。
今はまだベットを倒して寝ると痛みが増すようだ。
AM3:40強い痛み止めの坐薬を入れた。薬は30〜40分で効いてくるので、
痛んでから坐薬を入れてもここ1時間は苦しくて動けない。
痛み止めの薬が切れてくると、腹部の中心、右脇腹、背中、首等切った所が
全部一度にひきつれた様な強い痛みに襲われる。
それに、動悸と呼吸困難を伴い、全身がどうしょうもなく、苦しくなる。
呼吸はハァッハァッハァッ!という感じで浅く小さく小刻みになる。
こうなってくるともう身の置き所がなくなり、
姿勢が固定されてどうにもならなくなってしまう。
AM4:10薬が効いてきたようだ。薬が効いてくると、まず呼吸が楽になってくる。
少しずつ深呼吸が出来る様になり、動悸はなくなり、同時にひきつれた痛みも和らぎ、
体が動かせるようになる。
面白いことにその日の天候によっても、薬の効用時間や痛みの度合いが全然違う。
昨夜〜今朝にかけては雨が降った。いつもより早く痛くなり、痛み方も激しかった。
天気が晴れていた時と雨の時では効用時間が2〜2.5時間も差が出るし、
痛み方も雨の方が激しく痛むことがわかった。
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2006年03月22日

手術後9日目

2006年3月22日(水) 手術後9日目
ダンピング症候群

昨日から食事が出ている。昨日の朝食、昼食までは何とか食べられたが、
昨日の夕食の直前に、異物反射でしばらく咳込んでいたら、
胃液を噴水の様に咳と一緒にゴホッと吐いてしまい、タオルケットを汚してしまった。
咳込むと、お腹の傷にひびいて痛いだけでなく、
胃が収縮してつった様な激しい痛みがしばらく続く。
昼食の時のおかゆの粒がいつまでも喉にひっかかっていたのが、
異物反射を引き起こした様だった。
お陰で昨日の夕食は恐くてはしがつけられなかった。
食事に関してはちょっと甘くて見ていたかも知れない。
今朝はやっと下痢が治ってきたと思ったら、昨日の延長で朝食が配膳されると、
食べようとしただけで、冷や汗が出て気持ち悪くなってしまった。
ベットにうずくまり、何も手につかない。
午前中に吐気止めの坐薬をもらったが、あまり効き目なく、1日中食事はおろか、
水を飲むことさえも、出来なくなってしまった。体重48kgから47kgに減った。
西澤Drの説明によると、たぶん胃から腸へ食物が流れていく途中どこかで、
通りにくくなってしまい、食物が帯流して、胃液が上がって
ムカムカ嘔気がするだろうと言われた。
西澤Dr「食べられなくなる時期があるものだから、大丈夫です。
食物が通りやすくするためのお薬を出しますから水分は摂って、薬を飲んでみて下さい」
Drの説明を受けただけで、かなり安心出来た。焦らず頑張ろう。

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2006年03月21日

手術後8日目

2006年3月21日(火) 手術後8日目
 昨日は喉の造影検査で確認後、飲水の許可が出たので、
早速売店でペットボトル500mlを買い、水を飲む練習をした。
半日かけてゆっくり飲んだら、500mlの天然水は甘くて本当に美味しかった。
昨夜は造影剤と下痢のせいで夜中に腹痛と下痢が頻回あって、ほとんど眠れなかった。
夜が明けても腹痛が続いていたが、トイレからベットに戻るたび、
サイドテーブルには敏夫さんがプレゼントしてくれた寒咲き水仙の白い小さな花が
いつも良い香りを放っていて、喉を切ったら声を失うだけでなく、
嗅覚も失なわれるのだということを思い出しては再び花の香りを楽しむことが
出来る幸せをかみしめて、どんなに辛くても痛くても、我慢しょうと思えるのだった。
今日は手術後、初めての食事が朝食から出た。
術前の絶食も入れれば、10日ぶりの食事となる。
みそ汁の汁だけ1/2、三分がゆ1/2、春菊のすりつぶしたお浸し少量、豆腐1/6T。
最初のみそ汁1口で心拍数が上がり、軽く汗ばむ反応があり、
あとはゆっくり1時間半かけて体の反応を見ながら食事した。
午前中、妹のみっちゃんが玄米茶を届けてくれた。タカシやマサも見舞いに来てくれた。
食事のリハビリ頑張ろう。
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2006年03月20日

手術から1週間をふりかえって・・・

2006年3月20日(月) 手術から1週間をふりかえって・・・
 手術当日は病棟で弱い麻酔を打ってもらってから意識がもうろうとしていて、
ほとんど覚えていない。
ストレッチャーで手術室へ運ばれる時、家族にピースサインを送った事と、
手術室で大幸Drから「むすこさんですか?男の子から喉のこと、お願いされました」と
声をかけられ、「甥っ子なんです」と応えたのを最後に、
次の瞬間、「手術が終わりました!!喉は大丈夫ですよ」と告げられた。
7時間もの大手術が自分にはほんの一瞬しか感じられなかったのが、
すごく不思議な気がした。
そして、次の瞬間には呼吸が苦しく全身が痛く、
「佐藤さん、大きく深呼吸して!!」のDrの声に導かれながら、
必死で呼吸しょうとした。(そうだ!腹式呼吸だった!)
体中が痛重苦しく、特に呼吸がすごく苦しい。(神様!助けて!)
妹のみっちゃんと敏夫さんの顔が一瞬見えた。
でも苦しくて目を開けられない。(苦しい、苦しい!!)声は出る。
次に目を開けた時、誰も居なかったらどうしょうという不安にかられ、
「敏夫さん、敏夫さん」と呼んでみた。苦しいけれども、声が出せることが本当に嬉しかった。
それからICUの天井を見つめながら、ずっとずっと長い時間、苦しさに忍えていた。
Drが頻回様子を見に来てくれては、痛み止めの注射をしてくれた。
そのお陰がこの時の痛みは忍えられる範囲に治まっていた。
手術の翌日には離床の練習、立つことが出来て体重計に乗ったり足踏み30回やった。
術後2日目(3/15)にはICUから病棟に帰り、歩行練習もした。
術後3日目(3/16)でドレーン、胃管が抜けてすっきりした。ここまでは順調だったが、
術後4日目(3/17)は体の反応が戻ってきたため、かなりの激痛が長時間続き、
どの痛み止めも効かなくなってしまった。地獄の様な苦しみに忍えなければならなかった。
術後5日目(3/18)にはモルヒネを含む、坐薬で痛みがやっと治まり、尿管も抜けた。
トイレに行ける様になった。
ちょうど楽になった時、大阪のまっちゃんが見舞いに来てくれた。
3/18、3/19も痛み止めの坐薬がきれると苦しんだ。
術後6日目(3/19)に親戚の森さん一家が見舞いに来てくれて、懐かしい話で盛り上った。
敏夫さんは3/19の夜行バスで四国へ帰った。
そして今日、術後1週間目(3/20)は抜き糸の日。
首、背中、腹とホチキスの針のようなものがしっかりついていたが、
これが抜けてひきつれた感覚がなくなった。
午後には喉の中がしっかり着いているか、造影検査を受け、飲水の許可をもらうことが出来た。
明日の朝から食事が出る。上手に食事が出来るかどうか不安でもあるが、楽しみである。
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2006年03月19日

手術後4、5日目

2006年3月19日(日) 手術後4、5日目

手術後4日目(3月17日)さっちゃん本人

日1日と痛みがやわらぐところではない。痛みは体の中心から全身に広がり、
ズキズキと頭の激しい状態のように今も痛い。
痛み止めを点滴してもらったが、まったく効かない。
身体を少しでも動かすと、その痛みは増す。
呼吸は浅く、なかなか深呼吸が出来ない。
落ち着いて深呼吸を試しみるが、やはり浅いあらい呼吸になってしまう。
どうすれば、痛みがおさまってくれるか。
ほとんど一睡していない。
姿勢を落ち着かせて、ゆっくり呼吸ができたと思えば、
今度は咳、痰ではなく、ホコリかなにかの異物反射だ。これでは拷問だ。


手術後5日目(3月18日)(経過報告)
まだ、痛み止めを使っている、入れるタイミングが遅れたりすると、
まだまだ激痛が走るとのこと。
管は残すところ、栄養補給のみというところまで、減ってきた。
ずいぶん身軽になってきた。
夜、痛み、充分に眠れない様で、会話が途切れるとすっーと眠りに入っては、
夜眠れないと困るからと必死で目を開いて、さっちゃんが言った
「手術直後、体の感覚がなかった。この激痛があるからこそ、
自分の感覚が戻ってきたし、治る方への痛みだから、我慢できる。
ガンの痛みでないからね。大手術だったし、傷の痛みだから、
救い様がある」。
ただ、痛みを我慢して動かないでいると癒着する恐れがあると
先生に教わったらしく、ちゃんと痛み止めを入れ、
頑張って歩くようにしている。
そしてまた歩行訓練をして、ソファで休憩していると、
まっちゃんが大阪からかけつけて来てくれた。
ブログを見たら、来ちゃまずいかなと思ったけど、
前もって来る段取をしてあったので、
来てしまったと恐縮されていました。
心配し、たくさん励ましの言葉をかけていってくれました。
ありがとうございました。

手術後、初めて洗髪してもらった。
汚れたままだった髪を看護士さんが丁寧に洗ってくれて、
ドライヤーまでかけてくれた。
「いたれり、つくせりだね、気持ち良かったあー」と笑顔を見せた。

posted by さっちゃん at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 手術後2ヶ月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

手術後3、4日目

2006年3月17日(金) 手術後3日目(昨日)

昨日は届け物だけして、20分位様子を見てすぐ帰ってきた。
夫婦2人の時間を大切にしてほしいからね。
さっちゃんは1日1日確実に回復している。笑い顔も3日ぶりに見た。
敏夫さんの方も冗談が出てくる様になってきた。
手術終了後、意識がもうろうとしているさっちゃんと家族が対面した時に
「痛い!」と繰り返す中で「敏夫さん」と名を呼んだことを話していると、
敏夫さんが「他の男の人じゃなくてよかった」
と冗談ぼく笑った。この日も頑張って歩行訓練をした。
優秀な患者さんだ!


手術後4日目(今日)

敏夫さんは今日も病院に行って、看護してくれた。
母も強風の中、電車が止まり、いつもは2時間半かかるところが、
倍の時間がかかってしまうなどのトラブルがありながらも見舞いに行った。
今日のさっちゃんは昨日までと一変して、激痛で長時間苦しんだ。
我慢強いさっちゃんでも耐え難い苦しみだ。見ている敏夫さんも母も辛かった。
大手術の証、通らなくてはならない通過儀礼なのか、
先生は手術後の1週間は痛みます。体の中は異常ありません、順調ですとのこと。
痛み止めを入れるしかない様だ。
さっちゃんは今夜も眠れぬ夜になりそうだ。
そういえば、さっちゃんが言っていた
「のどが残った事を考えれば、痛みなんか我慢するよ。」って!
頑張れさっちゃん!!

P.S:ブログ更新している私(まあちゃん)は
とっくんの少年野球のコーチしており、
明日、少年野球合宿があるために、
明日(18日)分を更新出来ないので、ご了承願いします。
また19日(日)に2日分更新する予定です。

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2006年03月16日

手術後2日目

2006年3月16日(木) 手術後2日目(昨日)

雑事で珍しく病院へ行けなかったというか
本当は2人の時間を邪魔しないために行くのを遠慮しておきました。
敏夫さんが電話でさっちゃんの様子を教えてくれた内容を記載します。

昨日(15日)午前中にはICUから病棟へ戻った。
手術後2日目だが、歩行訓練を一生懸命実行しているらしい。
廊下を何往復かして、看護士さんを感心させているらしい。
週末、お見舞いに来たいと言って下さる方々から連絡を頂くのですが・・・
病棟に戻ったと言ってもまだ、管が入っている状態なのと
1日を回復進化に専念していますので、
もう少しの時間、お待ち下さいますよう、お願い申し上げます。

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2006年03月15日

手術翌日

2006年3月15日(水) 手術翌日(昨日)
集中治療室にて
(14日)11:00 面会に行くと、さっちゃんは目を覚ましていた。
顔色もよく、声がかすれていない。
手術開始時に先生が
「男の子からのどを切らないでとお願いされました」と
言った次の瞬間に、
「のどは残っていますよ」と先生から話しかけられたと
言うので、驚きましたが、手術の7時間が一瞬に感じられたと、
さっちゃんが話してくれました。
(14日)12:00 手術後から24時間もたっていないのに立つ訓練をした。
初めは足の感覚がなかったようだが、すぐに立つことができた。
先生も看護士さんも回復の早さを誉めてくれた。

posted by さっちゃん at 23:39| Comment(3) | TrackBack(0) | 手術後2ヶ月 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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